アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
さすらひの暇人の気まぐれ旅日記
ブログ紹介
気の赴くままに、全国各地の放浪旅日記
zoom RSS

圏央道

2017/03/24 23:43
 2017年2月26日に圏央道の境古河IC - つくば中央IC間が開通し、ついに、東名、中央、関越、東北、常磐、東関東道の主要6放射道路が、首都高を経由せずに繋がった。という事で早速駆け抜けてみることにした。
 圏央道の正式名称は、首都圏中央連絡自動車道というようで、東京都心から半径40〜60kmの位置を環状に結ぶ高規格幹線道路である。高速道路ナンバリングは"Circle 4(C4)"が割り振られており、首都圏3環状の一番外側の環状道路にあたる。法律上では一部区間を除いて、高速自動車国道ではなく、一般国道(国道468号)の自動車専用道路の位置づけとなっているようだ(ウィキペディアより)。
 自宅を出発して、関東平野の東端の犬吠埼を目指すこととした。にもかかわらず、向かうは正反対の名古屋方面。とても不思議な感じだ(笑)。横浜環状2号線から保土ヶ谷バイパスを経由して東名高速に入る。暫く東名を走り海老名ジャンクションから、圏央道に移る。ここから関東平野を横断していくわけだが、東名、中央、関越、東北、常磐、東関東道と経由していくと街の景色が目まぐるしく変わっていくのは新鮮だった。すべて片側2車線なのかと思っていたら、途中から片側1車線の対面通行になっている区間があることに少し驚く。片側1車線のみのため、この区間では結構渋滞が発生していた。それにしても学生の頃につくばに住んでいた事があったが、当時はまさかつくばと湘南が高速(国道?(笑))で直結するとは思いもよらなかった。時代は確実に進んでいることを実感させられた今日この頃である。
記事へトラックバック / コメント


雲竜渓谷 2017冬

2017/03/18 19:08
 2017年2月12日に2年ぶりに骨折にもめげず(笑)雲竜渓谷に行ってきたので遅ればせながらアップしようと思う。まだ夜も明けきらぬAM3:30に横浜の自宅を出発しAM6:30頃に日光に到着。日光からは稲荷川沿いの林道に入る。暫く林道を登るとゲートがあり車で行けるのはここまで。AM6:45頃にゲート手前に着いたが日曜という事もあり、こんな早朝にも拘らずすでに20台ぐらいはいただろうか。ゲートの近くの林道脇のスペースというスペースは既に車でいっぱいだった。こういう時のFJクルーザーは心強く、普通の車では停められない林道脇に強引に留めた。
画像

 この日の外気温は0℃。日本は強い冬型の気圧配置だったため、天気は関東では快晴だったが、雲竜渓谷に近づくと雪雲が少し流れ込んできていて、晴れ時々雪という、不思議な天気だった。
画像

画像

画像

画像

 今年は寒波の流れ込みが多く寒い日が続いたので氷柱も大きくなっているかと思いきや、今年の雲竜渓谷の氷柱を見ると明らかに細い。このブログにもアップしている、2011年、2015年、2017年と写真を比較すると年を追う毎に段々と氷柱が細く小さくなっているのがよくわかると思う。暖冬から急に寒くなったので、例年より寒いかも(?)と感じたが、やはり冬全体では暖かい日が多くなってきているのだろう(外気温も2011年の時は確か-5℃ぐらいだったと思う。)。あと10年もするともしかすると小さな氷柱しか見られなくなるのかもしれない。
記事へトラックバック / コメント


右腓骨骨折 -その2-

2017/03/13 01:21
 マズイ事になったと思った。駐車場まではまだ2.6kmある。いつもなら30、40分もあれば着く距離だが、足を折ったこの状態で果たして辿り着けるのか。しかもここは人がほとんど通らない登山道だ。助けを乞うにもこの後にここを通る人はおそらくいないだろう。頼れるのは自分だけなのだ。気楽なトレッキングが一転、突然人生最大のピンチを迎えることとなってしまった。
 まずは最悪の事態を想定してスマホが繋がるかを確認したが、予想通り圏外だった。次に身体を起こし立ち上がることが出来るかを試した。やはり立ち上がろうとすると右足首を激痛が襲う。右足に体重を掛けられなかったので、持ち歩いているトレッキングポール2本を支えにする事で辛うじて立つことが出来た。しかし、体を移動させようとほんの少し足を動かすだけで激痛が走る。あまりの激痛に視界が狭まりはじめ、意識が遠退いていく。こんな時に参ったなと思いつつここのままでは完全に気を失いかねないと考えて、一旦その場で横たわり、落ち着くのを待つ事にした。事態は想像以上に深刻だと思った。
 暫く横になっていると視界が戻ってきて意識がはっきりしてきた。幸いにしてフル装備のため、どうしようもなくなった時はここでビバークし、通りかかる人を捕まえるという手段は取れる。が、これは最終手段である。立ち上がるとまた意識が遠退くかもしれないと思ったが、このままではじっとしていても時間が過ぎていくだけだ。僕は覚悟を決め、今時流行らない僕が最も嫌う言葉の気合と根性で、もう一度立ち上がり激痛に耐えながら駐車場に向かい歩き出した。ここからおよそ4時間、わずか数十メートル先が遥か彼方に思えるぐらい、きつい時間が続く事となる。ほぼ下り終えているとはいえ、まだ道中には数カ所沢を横切るために降りて登る階段があった。健康体であれば何という事もない沢越えなのだが、ここは何十分もかかって地べたを這うように通過した。もちろん途中転んだのは1度や2度ではない。激闘の末にようやく先が見えてきた時にはとても安堵した事を昨日のことのように思い出される。
 その後、自力でなんとか帰宅、痛みが酷かったのでタクシーですぐに救急対応の病院に直行。レントゲンを撮って右足首の骨折が確認され応急手当と痛み止めを処方してもらう。翌日に正確な診察を受けて、入院、手術をする事になってしまった。
 今回山は常に危険と隣り合わせであることを改めて実感した。そして怪我をするとそれが大事になり易いという事もよく実感した。山は歩くだけだから運動としてのハードルは低い。だがちょっとした油断が僕のような事態にまでなってしまう。また、油断ばかりではなく、落石など避けようのない事態もありうるように思う。実際、軽自動ぐらいの岩が目の前を横切って行った経験もある。こればかりは自分ではどうしようもないものなのだが、そういうリスクがあるところに自分が居るのだと常に意識しておく事には意味があるように思う。やはり山歩きは気軽に人を誘うことは出来ない運動だと感じる今日この頃だ。
記事へトラックバック / コメント


右腓骨骨折 -その1-

2017/02/18 17:55
 2016年7月18日、吾妻山から下山中に転倒、右足首の細い骨(腓骨(ひこつ)というようだ)を骨折してしまった。3年ぐらい前に剥離骨折をしているがその時は街中だったが、今回は山中である。単独行で怪我をするとどういう事態になるかというのをお伝えするためにも、ここに詳細を書こうと思う。山に登る方はこれを反面教師として頂ければと思う。
 夏に南アルプスの縦走を考えていたので、この日はそのトレーニングも兼ねて福島県と山形県境にある吾妻山に登りに行った。難易度としては難しいものではなくハイキング程度という感じだった。ただトレーニング目的でもあったので装備はフル装備。重量8kgぐらいを背負ってのトレッキングだった。
 下山開始からしばらく続く急斜面を下り終えて駐車場まで残り2.6kmとなり、僕は間もなく登山を終えようとしていた。トレースは平坦になっていて、本人的にはほぼ下り終えてしまったという、安心感というかそのような油断があったのかもしれないと今となっては思う。今回はマイナーなトレースを取ったためあまり人が歩いた形跡がなかった。途中に木道が敷かれている箇所があったのだが、人が歩いていない事で木道の表面には薄らと苔が生えていた。しかもこの日の前日は雨。木道に限らず木の根っこも同じだが、木は濡れていると滑りやすくなる。かつ若干表面に苔があると、氷上といっても過言ではないぐらいによく滑るのだ。そこにうっかりといつものペースで踏み込んでしまった。滑ってバランスを崩し勢い余って身体が宙に浮く。右足首が捻った状態となり、その状態の上に全体重+荷物分が勢いよく乗っかってしまった。今までにない激痛が走る。と同時に鈍い音が辺りに響いた。その音はボキッっていう音ではなく、ゴムが切れたときのようなバチンという嫌な音だった。確認するまでもなく、右足首が折れたと理解するのに時間はかからなかった。
 その2へ続く・・・。
記事へトラックバック / コメント


厄払い -その2-

2017/02/12 20:17
 祈祷前の列にはざっくり数百人ぐらいは居ただろうか、前の一団の祈祷が終わるのをしばし待つ事になった。待ち時間としてはここが一番長かったが、おそらく20〜30分ぐらいかなと思う。それにしてもこんなにも厄年の方がいるのかと思ったが、よく考えると日本の人口ピラミッドでは、僕たちの世代は結構多い方なので、当たり前だが厄年の方も多いはずだ。そんなことを考えながら暫く待っているとそのうち本堂へ続く扉が開いて、列の順に待っていた数百人が本堂へ入る事となった。本堂の中もロープで区切られており、中央を見ると前の一団の最後の方々がちょうど祈祷を終えようとしているところだった。
 前の一団の最後の方が祈祷を終えたところで、ロープが外され、祈祷場所に通される。決して広くはないところに沢山の人がいるので、ちょっと混んでいる満員電車のような様相。およそ人が入り終えると、祈祷の事前説明があるため、座るように指示がある。説明が始まると祈祷の段取りについてとても聞きやすくわかりやすい丁寧な説明があった。流石にたくさんの人が訪れるだけあって、プレゼンが慣れている感じだ。
 一通り説明が終わるころにお坊さんが入ってきて、真ん中で火を焚き般若心経を唱え始める。ちなみに佐野厄除け大師の正式名称は惣宗寺(そうしゅうじ)といい天台宗のお寺だ。僕の実家は浄土真宗で、どうも調べると浄土真宗では般若心経はタブーなようだが、そこはご愛嬌という事で(苦笑)。僕が聞きなれている「なまんだぶ、なまんだぶ」のお経に対して、天台宗の般若心経は比較すると賑やかな印象で、宗派が違うとずいぶん雰囲気が違うものだなぁと思った。もちろん内容は理解できず、その場の雰囲気しかお伝えできないのはご了承頂きたい(笑)。
 お経が終わると、順に真ん中の火が焚いてあるところに行きお札を火にかざす。お札に力を宿らせる意味があるよう。その後に邪気を払うという意味だったと思ったが、火に自分の手をかざして頭、首、肩の順に触っていく。終わると最後に仏さまにお参りして、厄払いは終了である。
 一通り終えるのにおよそ1時間30分ぐらいだった。厄払いを終えた後、早速運試しという事で、おみくじを引いてみた。ここで"凶"などが出ると笑いが取れるわけだが、結果は大吉。これは早速効果があったと素直に取るべきなのか、はたまた正月明け間もないので、くじがみんな大吉だったのか(笑)。いずれにしても厄を払ったので今年は去年とは違い平穏無事な一年が過ぎて欲しいと心から思う今日この頃である。
 
記事へトラックバック / コメント


厄払い -その1-

2017/02/06 22:20
 早いもので厄年になってしまった。今年が大厄である。昨年は本当に良くないことが重なり、前厄でこの状況だから本厄の今年はお払いに行った方がいいと、理系出身の僕がいうのもなんだが(苦笑)そう思い、先日高校時代の友人と厄払いに行ってきた。
 意外と知らない厄年についてウィキペディアなどで簡単に調べてみた。厄年とは厄災が多く降りかかるとされる年齢を指しており、陰陽道由来のものとされているが正確な出所は不明なようだ。平安時代にはすでにあった風習のよう。厄年の年齢は神社仏閣により違うらしいが一般的に男性は数え年で25歳と42歳、61歳、女性は19歳、33歳、37歳とされており、特に男性の42歳と女性の33歳は大厄と呼ばれ要注意の歳と言われている。ちなみに日本だけではなく世界各国でも厄年のような考えや風習があるようだ。厄年は数え年に基づくが、数え年の考え方は大きく3つあるとのこと。旧暦の1月1日に年を取るとする場合、立春の2月4日に年を取るとする場合、新暦の1月1日に年を取るとする場合、だ。例えば今回行った佐野厄除け大師は立春の2月4日を基準にしている。明治神宮は新暦の1月1日のようである。また川崎大師の場合は、更に独特で、満年齢で厄年を設定しているとのこと(この場合は僕はまだ前厄のようだ)。
 改めて今回厄払いに出かけた先は佐野厄除け大師である。横浜の自宅を出発し途中埼玉にいる友人を拾って、ちょうどお昼頃に佐野市に到着、佐野厄除け大師に向かう。1月21日に出かけたのだが中途半端な時期にもかかわらず到着すると結構人が混んでいることに驚く。流石に有名なだけのことはある。厄払いに相当時間がかかるかなと思ったが、受付に行ってみると、列は出来ているものの、流れは結構ありそう。受付で用紙に住所、氏名、生年月日、額面を記載し、終わると隣の会計に進むように指示される。会計を済ませると建屋に続く列に並ぶように言われ、次は建屋内の担当の人に最初の受付で氏名等を書いた紙をに渡す。担当の人はその紙の氏名欄を切り離してお札(ふだ)に差してくれて、そのお札をこちらに渡される。うーん、なんだかまるで行政窓口のよう(笑)。お札をもらうといよいよ祈祷場所の本堂へ続く列に並ぶ事になる。
 長くなったので一旦この辺で。その2へ続く・・・。
 
画像

記事へトラックバック / コメント


膝痛、その後。

2017/01/25 23:21
 登山中(特に下山時)の膝痛に悩まされている方も多いと思うが、そういう僕も以前はそうだった。過去のブログを読み返してみると山登りで膝痛に悩まされていた事をしばしば記事にしていたのだが、ふとそういえばここ最近は膝痛が出ていない事に気が付いた。いったい何をしたのかと言えば、”鍛える!”、この一言に尽きるように思う(笑)。
 剥離骨折をした時についでに医者に膝痛について相談した。一通り診てもらったところ膝そのものに問題はなく、あるとすれば足が若干O脚とのこと。O脚の場合、足が外側に開こうとするのを留めようと余計に太ももの外側の筋肉を長時間酷使することになって疲れた筋肉は柔軟性がなくなってしまうようだ。固く柔軟性がなくなった筋肉は膝を曲げる度に関節を圧迫し、結果炎症を起こして膝痛が発生する、うろ覚えだが医者からされた説明はこんな説明だったように思う。最後に医者から言われたのは、太ももの筋力が足りない、日頃から鍛えるように、という事だった(苦笑)。膝痛が出ていた頃も一応スクワットぐらいはやっていたが、実際に山で使う筋肉は違うようで(もちろんやらないよりは良いと思うが)、あまり膝痛の改善には繋がらなかった。それよりも山に登る頻度を上げる方が僕にとっては効果があったよう。毎週末丹沢の大倉尾根を登るというトレーニングを1カ月続け、それを年に2回ぐらいやっていたら、気が付けば膝痛が出なくなっていた。また歩くと腰の筋肉も使うからなのか腰痛にも良い傾向があるようで、以前より腰痛で動けなくなるという事が明らかに少なくなった。やはり体を鍛えることが大切なんだなぁと改めて思う。(もちろん僕の場合での話であり、膝にしても腰にしても負荷をかけて却って悪くすることも考えられるので、まずは医者に診断してもらうことをお勧めします。)。
 正直山好きの僕からしても仕事で疲れた毎週末の登山トレーニングとなるとかなり面倒に感じるが、楽して得られる山頂からの眺望に感動は少ないように思う。苦労して自分の足で得た眺望だからこそ、また登りたいのだと思う。十年、二十年先でも山に登れる体を維持するためにも、膝腰の鍛錬は出来る限り頑張って続けていきたい。
 という事で話が少しそれたが結局のところ"鍛える"しかないのだろうと思う今日この頃である。
記事へトラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク

さすらひの暇人の気まぐれ旅日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる